食後に寝転がれない理由、卑しさとは

私は、ひどい便秘です。

そして、自分の便秘になるパターンを知っているがために、食後は寝転がらない、野菜や菓子系ばかり食べない、かといって全く取らないのもダメ、やる気ゼロの日でも数分でも良いので動くなど色々自己管理が必要な歳になってきているな?と感じます。

昔は、学校に行く途中や特に意識しなくてもお腹が張っているなという辛さは味わったことがありませんでした。それが、いつからでしょうか、パンパンのお腹を抱えてスカートやスーツ、職場の制服ズボンのホックを締めなくてはならなくなりました。これがなんともきつい。精神的にも…なんていうか、こんなお腹パンパンでどんだけ食ったんだよと思われるのが恥ずかしいのです。食にだらしない人というのは蔑んで見られる傾向が先進国だけか分かりませんが、ございます。それは、まず太っていると必ず付いてくる視線となるでしょう。趣味は食べること、でも見た目が美しければ、適量を楽しんでいる方なのだな、とあまりいやしく見られず、それどころか親しみやすいチャーミングなキャラクターとして見られるのです。例として、食いしん坊キャラのアイドルや太りすぎていない時の某女子アナなどがそうかと思います。

私は、吉高由里子さんが大好きなのですが、彼女が牡蠣が好きだとパクパク食べているのを見てもなんの嫌悪感も持ちません。しかし、それが太った芸人などになると、だから…とかやっば…といったデブフィルターがかかり、とたんにただだらしない人というレッテルが貼られるのです。これは、日本などの美意識からくる所も多い視点だと思います。昔ならば、食い扶持を減らす邪魔者という扱いもあったかと思いますが、飽食の今、人はどれだけ食べずにいられるかに価値を置く様になっていると思います。

朝、昼抜いて働いて夜やっとご飯にありつけた…というと、普段と業務量は変わらなくても何か大層頑張った様なやり切った感がみなぎるのです。私はですが、そう感じています。

?時間しか寝てねぇ、という自慢がしつこいという意見もよく見ますが、その達成感も似たものがある気がしています。

何かを我慢する時間・頻度が高いほど美徳とされる、その様な世の中なのだなぁとつくづく不思議に思うのでした。